墓荒し軍右衛門

有名人の墓参り・・・は、悪い趣味ではないと個人的には思うのですが、
どうにも世間的には認知されないようであります。
荘厳な気持ちになれるのですがねぇ。

「ズバリここにある、有名人の墓ガイド」みたいなのが、
るるぶとかまっぷるで出ててもイイと思うのですが、実際にはそんなの皆無です。
(今アマゾンで調べた限り、墓ガイドは3冊しかありません)

しかし、そこに挑むのもまた男の道、であります。

僕の場合は、東京で住んでた板橋の駅前に、まずデーンと
「近藤勇の墓」があったことに衝撃を受け、この我が何個目だかわからない
ライフワークが始まりました。

網走に旅行した時、同行の先輩と「石井輝男監督の墓を探そう」ということになりました。

石井輝男・・・は、日本のカルト映画史にサンゼンと輝く映画監督でありますが、
大ヒットした『網走番外地』によほど思い入れがあったのか、網走の市営墓地に
埋葬されている、というネタをつかんだのであります。

しかし・・・探せど探せどありません。
野郎二人が、雨のそぼ降る中、不安に駆られながら墓石を一つ一つ見て歩きます。
だけど、どーにも見つからない。
思い余って、墓地前の町工場に飛び込み、聞き込みをしました。
「・・・そーいう人の墓があっかは知らネェけど、偉い人の墓なら、あっちの方にあんじゃねぇのかなぁ」

なんと、市営墓地は二ヶ所あった! 見つからないはずだ!
そうして僕らは見事、石井輝男監督の墓を発見。
健サンの揮毫で「安らかに」と記され、脇には全作品の銘盤が控える、
堂々たる墓所でありました。

番外地好きとしてはボンクラ冥利につきます。
監督は何を吸っていたか知りませんが、ショッポを線香代わりに供えたのでありました。


同じようなことを、最近やりました。

相撲好きの知人が当地を訪ねてくれた際にですね、あまりにも相撲関係のナニモノも
ウチの近所にはないことに悩み、必至にリサーチした結果、「二所ノ関部屋」の元祖、
「初代・二所ノ関軍右衛門」の墓が、当地にあることをつかんだのであります。

で、行きましたよ。行ったこともない寺に!
墓参りの善男善女の不審がる視線をモノともせず、またも男子二人が
墓地を分け入りますが、これまた全然見つからない。

見つかりませんよ。約200年前に死んでます。

経験則で「迷ったら聞け」を実践します。
庫裏の呼び鈴をジャンジャン。
シャツにジャージ姿で、明らかにくつろいでいた住職を呼び出す、ハタ迷惑野郎!
「ご住職、申し訳ござらん。つかぬことを伺い申す。このお寺に二所ノ関・・・」
「山門の外の左から二番目だーぁ」

ようやく発見であります。
昭和十七年に子孫が建てた(と墓碑銘にあった)
「二所ノ関」の名がある台座がなければ、字も劣化していて判別不可能であったでしょう。

知人は「一生、相撲観ます!」と誓っておりました。
そうですよ、スキャンダルごときで捨てるファンは本物じゃねぇ。
今の二所ノ関親方だって一回捕まってますからね! そういうのも含めて大相撲!
僕も石井監督の墓前では「一生、ボンクラ映画観ます!」と誓いましたから。

ついでに近隣の墓巡り。
一遍上人のお祖父さん。すでに古墳状態であります。

で、そのすぐ隣りにはストーンサークルまである始末。
(多分)縄文人の墓です。

俺が死んだら何年残るのかなぁ! 墓!

ともかく、墓探しは男の浪漫であります。
水木しげる先生じゃありませんが「墓は何かを語りかけてくる」のでありまして。

 

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