『狼やくざ 殺しは俺がやる』

最近、ソレガシの周囲(小宇宙)で、千葉真一は大ブーム。
乗り遅れてはならじと、渋谷は円山町ラブホ街はシネマヴェーラに
小生サッソク突入してきマン。小1枚を払ってご入場……

めんどくせぇ。なめだるま文体はやめじゃ。
 

まぁ、そんなこんなで『狼やくざ 殺しは俺がやる』という
千葉ちゃんハードボイルドを、名画座のシネマヴェーラ渋谷で観てきました。

復讐モノです。父を殺され、妹をジャンキーにされた
千葉ちゃん、いかに相手ヤクザのボスに復讐ス、か!?
東映70年代映画は、やはりスクリーンに限ります。

脚本家、神波史男氏の追悼レトロスペクティブなのですが、
彼は東映の人でしたので、勢い千葉ちゃんモノも多いのです。
 

で、このベタな東映映画の何がハードボイルドなのかって、
まぁ、ベッドシーンがハードなのと、
あと、千葉ちゃんが黒ずくめ衣装にヒゲ、話す言葉は一本調子、
格闘より銃や刃物を使う……ということでして、まぁそんな努力をしてても、
どっからどう見ても千葉ちゃんは千葉ちゃんでしかないんですが、
またこれはこれで魅力なキャラ造形です。
 

過日、同じ建物内の別のハコで『先生を流産させる会』を観た時、
あれは「監督が書いた(脚本家が書いてない)脚本」のハマリ例だ、
てなことを書きましたが、けどやはりそれは、
アンダースローの変化球投手、なんですね。

くさいセリフ、伏線、ケレン、キャラ造形。そういう
「脚本家が基本にしっかり作ったベタな娯楽世界」という
本格上手投げ投手も、映画界には絶対なくてはならないのです。
基本のき、です。

だからこの作品、40年も前のとはあまり思えなかったです。
それはやはり、あまりにも脚本家的な「作られた」世界観が、
ビシッとはまってたからだ、と思うんです。
 
当時の映画会社は超エリート企業で、東大京大当たり前、早稲田で普通、
それ以下ゴミ、つうかそもそも不採用……みたいな超秀才たちが
社員監督や社員P、あるいはや脚本家で所属していて、
そんな彼らが、かたやいわゆる本物のヤ○ザに近い「カツドウヤ」の
スタッフ・キャストたちと本気で娯楽映画作ってたんですから、
ある意味、天才的にぶっ飛んでる、というのは、これはもう必然であります。
 

今日の観客達も「解って」ましたね。
決して「今にすると時代錯誤的な部分」で笑わなかったですもん。
えてして名画座には、そういうギャップで笑いたい客がいやがるんですわ。
某作家とか某作家とか某作家とか。

けどそれは全然、映画の本質ではないですもん。
ギャグシーンに笑うならともかく。
 
ハードな千葉ちゃん、相当にようございました。
返す返すも、70年代東映映画は「今とのギャップ」を笑うものではなく、
昔の映画界のパワーを楽しむために観るものだ、と。
そう思った次第でございます。

 

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