不良番長の時代~コク深い話~

前々からチョー気になっていた、近所の居酒屋だかスナックに突撃した。
玉袋筋太郎気分である。
 

そこは以前は果物屋だったのだが、いつの間にか飲み屋になっていた。
そしてあろうことか、店のドアには「元大映女優・吉野妙子の店」とあったからだ。
 

入ってみる。
酒も肴も店内の感じも、お世辞にもすんばらしい店、ではない。
値段も別に安くない。正直、貧乏人には高い。

しかし、こういう店では……そういうのは問題ではない。
「主との話」こそが、肝なのだ。

とりあえず酒の銘柄話などしつつ、
店で一番(多分)高い値段がついてる焼酎をチョイスし、
豚足をつまみつつ(こういう時のつまみは勧められるままがいい。
手のかかるものを頼んではならない)会話スタート。
 
 

吉野さんは、決して有名な女優ではない。

しかし、話す当時の映画界の話の、何とコク深かったか。

かつて小生、執念で岩手の某寒村にある
「ロッテジプシー時代のバッティングピッチャー」経営の焼き鳥店を探し当て、
根掘り葉掘りコク深い話を聞いたが(この時は、球界における
スパイ行為の元祖は野村南海であるとのナイス証言を得た)
その時と同じぐらい素晴らしかった。
 

まずは、吉野さんが我が師・内藤誠監督の『不良番長 出たとこ勝負』
(このポスターの出来は奇跡的)の脇役だったのを承知で、

内藤監督が四半世紀ぶりの新作を撮ったことから話を向けてみた。
「内藤さんが新しい映画撮ったの? まぁ~~」

しかも彼女、何と我が大学の先輩でもあった!
こりゃ、イイとっかかりだぞ。
 
 

以下は、会話の記憶からそのまま書いてみたい。

「私も、もっとちゃんとした芝居が出来てればね~」
「芸能界は運も必要よ」
「自分の作品は、テレビはまた観たい気もするけど、映画は下手だからいいわ」

なんて言っておられたが、いやいやどうして。
 

「大映はきちんとした所よ(笑)。
日活もすっごく真面目よ。けど東映は怖い所って言われてたわ(笑)」
 

「大映じゃ勝新さんは天皇よ」
 

「大映の作品が『角川映画』なんて、変だわよねぇ」(同感デス)
 

「三島由紀夫さんが来て……『からっ風野郎』かしら。主演したのね。
私はよくスタジオに見に行ってたの。増村(保造)監督が、三島さんの東大の先輩でしょう。
バカとかチョンとか怒鳴ってすごいの、芝居に怒っちゃって。覚えてるのはアレぐらいよね、
大映での怒鳴りまくりっていうのは」
 

「梅宮さんは、気に食わない女優はスタジオの外で泣かせちゃうのよ。私? 大丈夫よ。
可愛がられたわ。でもプロデューサーなんかには、梅宮と絶対食事に行くなとか、
電話番号教えるなとか言われてたわ(笑)」
 

「そういえば力也はどうなったのかしらね……息子さんが臓器移植に提供したんだっけ。
……偉いわよね。最初の奥さんの子供じゃないわよね。あの頃(不良番長の頃)、
まだ力也は十代だったと思うけど、もう結婚してたわね。
本当に不良だったかもしんないけど、すごく頭が良かったわよ。体もすごかった。
もう山みたいな大男ね。そいで離婚して……(以下長すぎるので割愛)」
 

「番長の俳優たちは、みんな本当に梅宮軍団よね。飲んでばかり。
力也なんかは梅宮さんのボディガードよ」
 

「梅宮さんが大信田礼子に惚れちゃって、追っかけ回してて。それで撮影所に来なくて
撮影が休みになったことがあったわね。大映じゃそんなこと絶対になかったわ(爆笑)」
 

「大信田礼子も今はどうしてるのかしら。本郷功次郎さんも……
(山城)新伍ちゃんは……飲み過ぎだったわよねぇ」
 

「新伍ちゃんの晩年を知ってるっていう特養(老人ホーム)の経営者とかいう人が、
ここに来たことがあったわ。それはもう、哀れな最期だったそうよ。
どうして家族とも、ああいうふうになっちゃったのかしらね」
 

「大原麗子もね……お金はあったはずなのに……」
 

「小松方正さんは酒癖悪いわよ。酔って絡んでピーナッツとかぶつけてくんだから」
 
 

……出るわ出るわ! チョー面白い!!
書けるレベルでこんなもんだから、あとは推して知るべし。
とても書けません。
 
 

一番イイ話だったのは、これ。

「八名(信夫)さんと初めて仕事した時、彼はすっごく腐ってたのよ」

「泊まる部屋も、梅宮さんとか大原麗子はいい部屋なのに、八名さんは
いつまでたっても照明さんとかと同じ大部屋に押し込められていたのよ。
だから、何かの時に私、言ったのよ。年下なのにね(笑)。
あなたはもっと上にいける人なんだから、こんなとこ(つまりタコ部屋)なんかに
いちゃいけないわよ。外に泊まりなさいよ、って。」

「そしたら、八名さん、本当に翌日宿を出てって、外に一人部屋を(自費で)とったの。
なんだかすごくお礼言われて。遊びに来てくださいとか言われて。行かなかったけど(爆笑)。
でもそれからなのよ。八名さんにどんどん役がついていったのは。」

「八名さんにまたお会いしたいわねぇ……」
 

えー、お客様の八名信夫様。ぜひ吉野さんのお店に行ってあげてください(笑)
 
 
 

「内藤さんによろしくね!」

こういう時って、エセドキュメンタリストの血が騒ぐ。
俺がディレクターなら、八名信夫の番組を作ってここにロケに来たい。
「元映画人」「元野球選手」の話は、金を払っても聞くべきであるのだ。

いずれまた行こう。
内藤師匠を呼びたいなぁ!
 
 
 

余話。
 

(某芸能人は娘を溺愛して教育熱心でもあったが、その娘はややオツムがね……という話から)

「(ビート)たけしさんの息子さん(篤さん?)とウチの息子の塾が、自由が丘で同じでね。
たけしさんも教育熱心だったわよ。あの塾からヒントを得て、平成教育委員会を始めたの。
本当よ(笑・ここは話半分……)。」

「息子さんはすごく頭が良かったわよ。慶應(どの段階での慶應のことを差すのかは不明)に
彼が受からなければ、あの塾から誰が受かるのか(笑)ってぐらいにね。
……でも、その時にフライデー事件があったのよ。だから落とされちゃって……」
 

嘘か、誠か。

 

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