風のマジカル

急に思い出したことがあります。

まぁ、本ブログのタイトルそのものからして大長編ドラなんですが、
その宇宙小戦争じゃなく、『のび太の魔界大冒険』のことを。


魔界大冒険の公開時、多分小2になる直前だったと思うんですが、
もうモウレツに藤子不二雄にハマり出した頃なんですよね。

で、今思ってもこの頃って我が人生のピークだったと思うんですけどw
成長が早かったのスかね、もう学校の成績は何もしなくてもアホほどいいし、
モテるモテないの概念はないし、遊びと藤子不二雄にだけ夢中になってりゃいいし、
最高でしたね。

 
で、その春休み、山形の本家で親戚の結婚式があって呼ばれたんですよ。家族中で。

実は岩手からは、クルマで行っても遠いんです、山形県は。
同じ東北だけど近くはない。何時間かかりますかねぇ。

それで、運転手だった叔父が、出発直前に俺を近所の本屋に連れて行き、
コロコロの増刊号を買ってくれたんですよ。ガキは車中で飽きますからね。
あの時の叔父は今の俺より確実に若いはずですw 知恵者です。
 

ところが、これがまた!

それはコロコロ本誌に連載された大長編をまとめた、映画直前増刊号
『のび太の魔界大冒険』だったワケですよ。
確か表紙に「コミックス5000万部突破おめでとう!」とか、書いてありましたね。
今思うとオッソロしい数字ですね、当時のそれは。

で、中身はね……もぉ面白いの面白くないの。
あまりにハマって全くの無言ですよ、山形までの車中。

山形に着いてからも、当時存命だった曽祖父の前で魔界大冒険を朗読して、
まんまと小遣いをせしめるというていたらくですよ。どんな曾孫やねん。
 

いやぁ、でも本当に、俺が最初に出会った大長編が、
いまだに「マニア受け1位」な名作『魔界大冒険』でよかったと思いますね。
思えばあれが、俺のおたく道のスタートですよ。

美夜子ってキャラに感じたそれは、初の萌えですよ、今風に言えば。
藤子ヒロインのある意味極北。
俺のヰタ・セクスアリスですよ。
 

岩手に戻ると即、もう一冊の映画増刊号を買ってもらいました。
これはカラーの大判ムック。

大山のぶ代以下、たてかべ和也やメインゲストの小山茉美に至るまで、
「声優の名前を暗記する」という概念を、人生においてガッキリ叩きこまれたのが、
実はこの本です。
芝山努監督とか、別に小2前にはいらない知識まで覚えましたからね。

やはり、俺の目覚めだ!
 

で、当然のように、人生二度目の映画館に行くことを(最初は幼稚園の時の
『クラッシャージョウ』でしたが、全く話を覚えていません)激しく祖母に懇願し、
ウチから電車で1時間の盛岡に連れて行ってもらうことになりますが、
まぁ興奮してしまって、前夜は寝れませんよ。

フラフラになりながら盛岡東宝に行って、紙バイザーもポスターもパンフも買ってもらい、
もう本当に興奮して観ましたが、あぁ、「あのマンガがこうなるのか!」という
率直な感動を覚えましたな。

で、実はその後長く、権利関係なのかソフトでは「なかったこと」にされてしまうのですが、
この作品だけは、当時のドラ映画では異例なことに、主題歌が坂本金八じゃなくて
キョンキョンだったのです。

これはね、名曲中の名曲です。
http://www.youtube.com/watch?v=jgt6vKl-WXk
本当に、映画のラストからの流れで聞くと、涙が流れてくる。
映画館で泣きました。
 

今日、通勤電車の中のiPodで……まぁ、普段は『超人ビビューン』とかが
流れていて「このアタマのドラムソロがイカすのよな!」とか思ってるような
ひどさなんスけど、また今日に限って、2000曲もの中から
『風のマジカル』が流れてきましてね!!

俺は、また泣きました。本当に涙がボロボロこぼれてきた。
四半世紀前、婆さんも爺さんも、いや、曾爺さんも元気だった頃を思い出しました。
でもって、あの時の映画館の光景がハッキリ見えてきましたね。
今、盛岡のそこにもう盛岡東宝はないんですが。

 
人生、いつが一番いい時期なのか、は全くわからないですが、
例えば人生のある時期、確かに何らかの幸福を感じていたことがあるとすれば、
それは1984年のアタマ、7歳の時に自分には確実にあり、
その記憶がビャーーッ! とキョンキョンの歌で蘇ってきたんですな。
 

四半世紀過ぎまして。

藤子・F・不二雄も記念館ができるってことは、過去の偉人になったのかもしれません。
 

俺の家族も藤子不二雄も皆若く、そして俺は昭和のマセガキであった「あの頃」の記憶を
引き出したキーが、『風のマジカル』だったのでありました。

 

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