『わが青春のトキワ荘 ~現代マンガ家立志伝~」』

かのトキワ荘がぶっ壊される直前の1981年に作られたNHK特集に、『わが青春のトキワ荘 ~現代マンガ家立志伝~」』いうものがあります。

長らく観たいと思っていたんですが、これ、愛宕山でも渋谷でも川口でも観ることができず(要するにNHKライブラリーの公開作品になっていない)、最近、某所でようやく見ることができました。
 

まぁ、すっげぇ貴重な作品なのですが(トキワ荘現存時のきちんとした映像記録って、これだけじゃないかと)、なるほど……いろんな意味でマズいです(^_^;) 

まず、悲劇の主人公に仕立てあげられた「森安なおや」の扱いが、とにかく雑で、そりゃ、彼でトキワ荘唯一のダメ人間としてのストーリーをディレクター作りたくなるのは解るんですが、「妻子に逃げられたあげく(実際は近所で別居してただけらしい)、十何年かかって描いた(当時にしても時代遅れの)大長編マンガ」を、よりによって「ヤングジャンプ編集部」に持ち込ませ、カメラがついていくなんて悪質具合は、ヤラセドキュメント時代始まりの煌めきであります。良くも悪くも。

で、それが「ついに出版されなかった」ので、大工仕事を続ける森安、が、全体のオチなのでした。
 

あと、このドキュメンタリーが一般公開されないのは、大御所漫画家がゴロゴロ登場(同『荘』会を開く……)で、肖像権的にアレなのが原因かもしれないですが(なので、僕も画像は乗っけません)、それより何より「手塚の毒」がキツすぎるのですナ。
  

終盤、集英社「手塚賞」の授賞式のシーンがあります。受賞者の、宮城県は荒木利之くん・20歳(後の脅威のアンチエイジング巨匠、「荒木飛呂彦」!)が、ここでは主人公です。

まず手塚、荒木くんの受賞作を褒めちぎります。「これはすごく面白い」「ちょっと近代にない」。そして、言う。「東京にぜひ!」「あまり東北の人から出てくる人って少ないんですよ」。

しかしそこは荒木くん、「石森章太郎先生が……」と同じ宮城の巨匠の名を返すのですが、手塚は間髪入れずに「うーん……まぁ、『ああいう程度』(!)のもんでさ。そのあと、継ぐ人として……」

これは、すごいっすね。身も蓋もなんにもねぇです。本当に手塚と石森は和解できていたのでありますかね? そして手塚は荒木くんに言うのでした。「あと1作、見せて。ぜひひとつ、お願いします」

ここからは、手塚が「どうせ次の傑作は描けないだろう」と思っていたことが、十分伺えます。そして多分、手塚の本心は、たとえ名義貸しレベルであっても「新しい才能の発掘」なんてしたくなかったんじゃねぇかなぁ、と。ライバル増やすだけですから。
 

で、この作品の中での「荒木くんの立ち位置」も、実に微妙でして。前段で「赤塚賞をとったけど、1年間鳴かず飛ばず」の別な漫画家の卵の姿を見せているから、というのもありますが、パーティー会場で嬉々としてメシを食う荒木くんの姿に「毎年デビューする新人約2000人-うちプロのマンガ家になれるのは数人である」のスーパーがダブるのであります。

そして手塚は、スピーチで言います。「ボクは今(1981年)が漫画の爛熟期だと思う。退廃期か、ルネサンスかの瀬戸際にある」「(受賞者が)90年代になってもまだ描いていて、ベテランになって、我々の後を継いでほしい」
 

さて、その後手塚は「90年代」を迎えることなく亡くなってしまい、荒木飛呂彦はまさにジョジョの長期連載で「ルネサンス」をやらかして、ベテラン巨匠に……。
NHKディレクターの目論見は、完全に外れたのでありました。

誰も「未来のこと」はわからないのですが、こういう観点で観ると、「過去を記録した」ドキュメンタリー、つうもんは、本当にオモチロイものですね。
 
 

【付記】
なお、ナレーションが藤子A(!)。そして寺田ヒロオのインタビュー(!)が入ってるのも、またぶっ飛んでいます。

 

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